〜世界文化遺産〜
Itsukushima Shrine


宮島って??

宮島は、いくつもの宮からなる島・神の宿っている宮の島などから、俗称として使われていたものが、1950(昭和25)年になって正式な町名として登録されました。

宮島町のある島の名前は厳島と言い、弥山(530m)・駒ケ林(500m)・岩船岳(467m)の連山によって形成されています。
また、一般に宮島と呼ばれる海中巨大神殿は、正式には厳島神社と言います。

宮島の由緒は、今から約1400年前の593(推古1)年に市杵嶋姫・多岐津姫・多紀理姫の女神が舞い降りたという伝説により、佐伯鞍職という豪族が厳島神社を建立した事によります。
厳島とは、神が"いつきまつる島"として、伊都岐島と日本後紀へ811(弘仁2)年に記された事により全国へ知られる事となり、更には927(延長5)年には延喜式・神名帳で明神大社列せられ、正式な名称として使用されるようになりました。

厳島宮を建立するにあたり、大元宮・長浜宮・杉ノ浦宮・鷹ノ巣宮・腰細浦宮・青梅苔浦宮・養父崎宮・山白浜宮・須屋浦宮・御床浦宮などが各浦へ造営され、俗に宮島とも呼ばれるようになりました。

その後、平清盛によって1168(仁安3)年頃、平安文化が持ち込まれて、厳島神社も神殿造りを取り入れた現在の社殿へと改築されました。
清盛が築いた当時の厳島宮は、本宮が本殿以下37棟、対岸の外宮が本殿以下19棟を数え、完成するのに十数年が費やされました。

宮島にはその他にも、清盛神社や豊国神社、五重塔を始め大願寺・大聖院などの仏閣も多く、800年の時間を超えて未だに平安・室町・安土桃山文化が色濃く残る夢愛ランドです。

その空気や文化などは、本家・京都よりも密度は濃く、島へ足を一歩踏み入れると中世へタイムスリップできる魅力で満載です。
なぜ京都よりも密度が色濃いいのかと問われれば、それは「大都会として機能しなければならないための交通機関やビル群が、宮島には無いから」と言えるでしょう。

遺産の多彩性や歴史の重みこそは1000年の都・京都には敵いませんが、京都・大阪でさえ時勢の中で残せなかった遺産が宮島には残っています。
周りを海で覆われた地理ゆえに、また紀元前より神の宿る島として崇拝されていたがゆえに、姿を変えずに今に至ることができたのです。

最近の考古学において、宮島が信仰の対象となったのは約6000年前だと判明しました。
6000年昔というとB.C.4000年頃ですが、日本は縄文時代前期にあたり、集落が発達してクニの原型が出来上がった頃です。
ヨーロッパに目を向けるとエーゲ文明発芽期で、インダス文明やエジプト文明(ピラミッド)より1000〜2000年も古くなります。

紀元前から古代にかけて、伝説と神話の聖域と崇拝された宮島。
政治覇権や貿易拠点として戦略的に栄えた中世の宮島。
そして信仰の特別区域とされ、国から保護を受けた近世の宮島。
神々の息吹と歴史の神秘の風に身を包まれて、平氏・源氏・毛利氏・大内氏・豊臣氏といった歴史の偉人たちに会いに来ませんか?
そして、海と原生林に抱かれて、ゆったりのんびり温泉につかり…普段の喧騒から離れて、疲労やストレスを時空の彼方へ投げ捨ててみませんか?

宮島へ来て出逢える神話や歴史のヒーロー&ヒロインたちの代表格を挙げてみましょう。

市杵嶋姫
多岐津姫
多紀理姫

天忍穂耳命
天穂日命
天津彦根命
活津彦根命
熊野樟日命

天照大神
大国主神
須佐之男命
大物主命
八幡大神
不動明王
弁財天

弘法大師空海
藤原鎌足
菅原道真
平清盛
豊臣秀吉

などなど…。

神さまたちの詳細はサイトから、厳島神社または宮島京大路→図書室より、"宮島の神さまたち"を見てくださいね。








厳島の七浦社


宮島には、聖域を守護する七つの浦に神社があります。

杉ノ浦神社

鷹ノ巣浦神社

腰細浦神社

青海苔浦神社

山白浜神社

須屋神社

御床神社


★厳島神社

宮島七浦神社
宮島の浦々の神社を船で一周してお参りする事を、お島廻りりといいます。
宮島港を出発して厳島神社から順々に神社を回って七浦巡りを行うと、望みの幸福
が訪れます。





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